三度の飯より本を愛するこぎ父(こーぎーの父親(80歳))より、読書感想文が届きました。
今回ご紹介するのは、ほしおさなえの『三ノ池植物園標本室 上 眠る草原、下 睡蓮の椅子』(ちくま文庫 2018年)です。
『三ノ池植物園標本室 (上・下)』を読んで
ずい分前、小石川植物園を訪ねたことがある。
地下鉄丸ノ内線 茗荷谷駅で下車し坂を下ったところに共同印刷があり、その前が、この植物園の入り口だ。
共同印刷は以前大きな労働争議があり、それを題材に徳永直が『太陽のない街』という有名な小説となった。
その辺りは、所謂下町で途中にも小さな印刷屋の看板などがいくつも見られた。
一方逆の方向には、東京教育大(今の筑波大学)、お茶の水女子大など教育関係施設も多く今でも文教地区である。
植物園の上の方角(東側)は小高い崖になっていて、その崖の上は白山通りである。
この小説の舞台は、おそらくその植物園だろう。
読み進めていくうちに、その訪ねた当時の風景がなくかしく思い出される。
主人公・大島風里は、会社を退職、もう一度自分の生活を始めてみようとこの植物園近くの廃屋を借り、たまたまこの植物園の標本整理のアルバイトを見つける。
その廃屋借家に際して出会った不動産屋のノムさん、工務店のゲンさんの二人のおじさんとの人情味あふれる出会い、そしてアルバイト先 植物園の苫女史教授、その周りの人たちとの交流が温かいテンポで展開されてゆく。
研究室に出入りする編集者、イラストレーター、大学院生との交流の中で、主人公は新しい生き方を見出してゆく。
その中で将来生活を共にすることになる人とも出会う。
そして、その廃屋借家にまつわる歴史、その中で浮上してくる第二の主人公・村上葉の不思議な存在。
自分の名前の由来、「ことのは」(言葉)からきていると父に教えられる。
そして、父の死。
葉はこの「葉」という字を生涯大事にする。
ふたりの主人公は、それぞれの周りの人たちとの交流の中で明暗分かれて生きていくが、それぞれ出自により運命づけられた人生を、もがきながらも生きていく、この係る人達が本当は繋がっていたことが判る。
その顛末までの展開が、まるでミステリーのようでこの作者の創作力に感銘した。
後半には、この植物園付近の再開発に心配するノムさん・ゲンさんのことも描かれ、恐らく現在は、ずい分前訪れたころのような風景、街の佇は無くなってしまったであろうか、確かめに行ってみたい気もする。