介護

脳卒中で倒れた母の入院2日目~8日目までの介護記録

父の手を握って離さない母の手

昨日まで元気だった母が、会話もままならない状態で病院の集中治療室に横たわっているのを見ると、何もしてあげられない自分の無力さを痛感します。

同居しているので、普段はすぐそばにいるのが当たり前だった母ですが、まじまじと顔を見るのはずいぶん久しぶりのような気がします。

子どものころから見てきた母の顔のイメージとは違い、しわもあるし、頬もこけて、やはり母も歳を取ったんだなぁと感じます。

母は80歳ですので、歳相応な顔であるのかもしれませんが、子どものころの『綺麗なお母さん』のイメージが私には強烈に残っているのかもしれません。

2世帯ではありますが、ひとつ屋根の下この先も一緒に暮らしていくものと思っていましたが、永遠に続く人生なんてあるはずがありません。

このページでは、脳卒中で緊急入院した母の介護記録を綴っています。

入院2日目、左半身の麻痺が始まる

前日、社会福祉士をしている兄と父の3人で訪れた市役所から、介護保険認定の件で朝一番に電話がありました。

母はまだ集中治療室にいる段階なので、状況を聞かれても答えようがなかったのですが、手続きは進んでいるようなので一安心です。

2年間独学で社会福祉士になった兄には、これから母の役に立つことが多くあるのではないかと思います。

入院2日目の母はまだ脳卒中専門の集中治療室にいて、もうろうとしていた意識が回復傾向にあるのか、意思の疎通が取れる会話がかなりできるようになりました。

ただ、昨日は家族の前で動かせていた左手の指を今日は動かすことができず、触ってもつねっても本人は感じなくなっていました。

『左足動かせる?』と聞くと、本人は『動かしてる。』と言うのですが、ピクリとも動きませんでした。

左手も左足も温かく血流は良いようなのですが、脳からの伝達がうまく機能していないようです。

右の脳内出血なので、特に左目の視力低下が著しく、常に右ばかりを向いてしまう態勢になってしまいます。

出血自体は広がることなく収まったようなので、出血が自然吸収され、脳内の腫れ、むくみが取れたあと、機能が改善されることを期待したいです。

退院したとしても、これまでの布団での就寝は大変だろうからと、家族で話し合った結果、ベッドを購入しようということになりました。

介護保険が適用されるのではないかと兄に相談すると、色々な状態に合わせたベッドをレンタルすることができ、介護保険も適用されることがわかりました。

母のベッドを置くスペースを確保するため、父は長年の趣味である本のコレクションを大量に処分することにしました。

大事に保管してきた本なので、父に代わって私がヤフオクやメルカリで、少しでも価値を高めた状態で手放せるようにしてあげたいと思います。

入院3日目、一般病棟へ

前日、看護師から明日一般病棟へ移る予定と聞かされていたので、母が回復傾向にあることは家族にとってどんなに安心材料になるか・・・。

一般病棟に移った母は眠たげ、そしてつらそうな表情をしていました。

私より一足先に母に会いに来ていた父によると、今日は37度ちょっとの微熱があるよう。

氷枕を首の下に入れてもらって、話すのもつらそうな状態だったので、面会は早々に切り上げることにしました。

ただ、帰ろうとすると母は握った父の手を放そうとしないんですよね。

今は、あまり物が見えない世界の中で一日を過ごしているはずなので、誰が一番頼れる人間なのかを本能で表しているんじゃないかと思います。

入院してから『お父さん』と、母が父を呼ぶ声を聞くたびに、父が健在でよかったとつくづく思います。

あまりに突然すぎて、私の場合なんの準備もできていなかったので、入院3日目にしてようやく現実を冷静に受け止めることができるようになりました。

左半身が麻痺してしまった母をかわいそうと思うのではなく、また一緒にご飯を食べたり、旅行をしたりと、以前と同じ生活ができるよう私ができることをするしかないと思っています。

夜中に様子がおかしかった母に気づいてあげられなかったことは、今でも後悔していないといえば嘘になります。

ただ、私の連れがよく言うのですが、『先を見ましょう。』

本当にその通りだと思います。

入院4日目、微熱が続く

今日は、少し離れたところに住んでいる私の弟と、入院後はじめて母に会う連れも一緒に病院へ。

昨日からの微熱がまだ続いており、家族が面会に訪れた時には母は眠っていたため、起きるまで待つことにしました。

ほどなくして目を覚ましたのですが、目がよく見えないらしく、お見舞いに来た弟の認識には時間がかかりました。

微熱があるせいか、人の手の冷たさが気持ちいいらしく、父におでこに手を当てていてほしいと話していました。

弟が持ってきた孫の写真を見せると、色の判別はできるものの、形の認識が怪しい感じで、影響がないはずの右目の視力も落ちているのがとても気になります。

自分の入院後の家事を連れが担当していることを母はとても気にかけていて、4日ぶりに連れとも話ができて良かったんじゃないかと思います。

私と父が母の様子を見に毎日病院へ行っている間、連れが家の中のことをすべてやってくれています。

その負担がどれだけ大きいかを母は自分の経験から知っていて、ことあるごとに連れを気遣うようにと話します。

毎日、左手と左足が動くようにと願っているのですが、母本人も左手と左足が動かないことを認識できていないような感じはします。

意識がはっきりした時に、左半身が動かせないことにショックを受けなればいいのですが、そんなときにどう対応したらいいのか考えると不安になります。

入院5日目、これは誰の手?

面会に行くと、着ている服の色、顔の判別ができていた昨日までに比べると、今日はよく見えるはずの右目もあまり見えていない感じでした。

昨日までは左の頬を触られる感覚がわかっていたのですが、今日はつねってみても反応がなく、左半身の麻痺が進んでいるのでしょうか。

母本人に右手で左手を握らせたりしてみるのですが、『これは誰の手?』という感じで、左手の感覚はまったくないようです。

左足もさすったり、つねったりしているのですが、本人にはなんの感覚もないようです。

リハビリをすればよくなるという話も聞きますが、『本当に良くなるのだろうか?』というのが今の私の感想です。

夜、兄が母の様子を見に行ってくれたようで、『口の中の衛生が気になる』という連絡がありました。

夜間は看護師などが手薄になり、歯磨きなどがきちんとされていないのではないかということでした。

確かに、私たちが面会に訪れる際にも、歯ブラシがテーブルに直置きになっていたり、歯磨き粉の跡がテーブルに残っていたりと、歯ブラシ自体の扱いも衛生的ではないのはわかりました。

テーブルに歯ブラシ直置きなんて、普通はしないですよね。

家族で話し合った結果、母の夕食後の歯磨きをしに行くことにしました。

入院6日目、リハビリ開始

母が入院したのは地域の大きな病院なのですが駐車場が狭く、私が駐車場の空き待ちをしている間、父が一足先に面会に行くというパターンになっています。

今日は父が到着した時、ちょうど入院後はじめてのリハビリが始まり、左手をメインにケアをしてくれたようです。

私が面会に行ったときにはリハビリはもう終わっていたのですが、久しぶりの運動で疲れてしまったのか、母は眠たげでした。

でも、母の手を握ると強く握り返してくるんですよね。

代われるものなら代わってあげたいと、本当に思います。

本当は夜寝る前に綺麗に歯を磨いてあげたいのですが、これまでに溜まった汚れだけでも落としてあげたくて、父が洗面器を下に構えて、私がブラッシングをして歯磨きをしました。

『すっきりする』という母の言葉を聞くと、今までまともに磨けなかったんだなと思い、申し訳ない気持ちになりました。

明日からは私が母の夕食後を見計らって、歯磨きをしに来ようと思います。

今はおむつをしているのですが、母はもともと綺麗好きで、ベッドや服を自分の排泄物で汚してしまうことを常に気にしています。

そういったところの意識ははっきりしているので、排便や排尿を我慢してしまうようです。

おむつをしているから大丈夫と話しても、ベッドや服を汚してしまうという意識が強く働いてしまうのでしょう。

今までトイレで用を足してきたのですから、母でなくてもおむつに抵抗がある方は多いはずです。

私も肺の手術経験がありますが、おむつに排便をして誰かに清掃してもらうということが受け入れられず、自力で歩けるようになるまで3日間排便を我慢した経験があります。

車いすを使ってでも、一日でも早く母がトイレで用が足せるようにしてあげたいです。

入院7日目、立ち上がって車いすへ

今日はちょうどこれからリハビリ室へ向かうというタイミングで、面会に来ることができました。

女性のリハビリ療法士に支えられ、母がベッドから立ち上がり、車いすへ移動します。

見ているこちらがもどかしくなりますが、実に1週間ぶりに母はベッドから抜け出したことになります。

一瞬ですが、自分の足で立った母を見た時は拍手しようかと思ったぐらい感動しました。

リハビリ室では、動かない左手を右手で押さえながらの雑巾がけ、左手でのコップつかみなど、見ているこちらに力が入ってしまいました。

『やれって言われてもできないんだよねぇ。』という母のか細い声に、切なさともどかしさを感じます。

つい1週間前までは簡単にできていたはずのことが、突然できなくなってしまうのですから、きっと頭の中は混乱しているに違いありません。

左手のリハビリで疲れてしまったのか、立ち上がる訓練についてはそこそこにして2時間ほどのリハビリ室での訓練は終了しました。

途中、排便がしたいというのでリハビリ療法士にトイレに連れて行ってもらったのですが、感覚とタイミングが合わなかったようで不発に終わったようです。

今日は担当の医師から現在の状況についても話を聞くことができ、脳内出血の腫れやむくみについては1週間から10日前後がピークであり、これから改善に向かっていくだろうということでした。

脳内の腫れやむくみが取れれば、現在圧迫されている神経が解放されて、左半身の麻痺や視野狭窄などが軽減されることも期待できそうです。

気にかかっていた影響のないはずの右目の視力については、一般的には影響が出にくいはずで、眼科とも連携してくれることになりました。

治療方針としては、自宅へ帰るのではなく、リハビリ専門の病院への転院を目指して、今後ソーシャルワーカーなどと連絡を取ることになります。

私の兄が社会福祉士なので、その辺りは兄に任せようと思います。

母は肺がんの手術も受けており、経過観察のため定期検査を受けているのですが、2週間後の予約は今回キャンセルすることにしました。

また、もしかしたらメガネをかければよく見えるのではないかということで、明日は母の眼鏡を持ってくることに。

最近両目とも白内障の手術をしたばかりなので、左目もなんとか見えるようになってもらいたいものです。

面会を終えて帰ろうとしたところ、『汚れちゃうから。』と母が突然汚物で汚れたおむつを自らの手で取りだしました。

やはり、ベッドや服を排泄で汚してしまうことには、ものすごい意識が集中しているんだと思います。

毎日思うのですが、1日でも早くトイレで用を足せるようにしてあげたいです。

母の状態が落ち着いてからと、父は親族が面会に来るのを断っていたのですが、連れの進言もあり、面会に来たいと言ってくれる親族には来てもらえるよう段取りをすることになりました。

危険な状態を脱したとはいえ、母は80歳ですから、いつ何があってもおかしくはない年齢です。

いつも冷静に、そして控えめに私にアドバイスをくれる連れにも、もっと感謝しないといけませんね。

入院8日目、自分で電動歯ブラシを使う

母の入院している病院へは、バスで行くと最寄りのバス停から病院へ行く途中に市役所があります。

まだ退院の目途が立たないため、介護保険の適用云々といったことではないのですが、何でも早めにしないと気が済まない父が、市役所へ寄って母の状況説明をしてきたそうです。

母が現在入院している病院へは、オリモノが多いという症状で以前から婦人科へも通院していて、ちょうど今日が診察日でした。

母のベッドへ担当の医師が来て診察をしてくれる手はずだったのですが、昨夜は排便排尿が多かったらしく、朝の診察ではオリモノの確認どころではなかったようです。

今日は母の弟が面会に訪れたはずなのですが、私が聞いた時には弟が来たことは覚えていませんでした。

リハビリの時間と重なり、バタバタとしていたため覚えていないということならいいのですが、自分の弟が面会に来たことがわからないとなると、ちょっと心配です。

今日は母がいつもかけているメガネを持って行ったのですが、良く見えるようで天井の模様がシジミに見えると言っていました。

確かに天井には星形の模様があり、シジミに見えなくもありません。

シジミ汁を父に作ってやりたいから取りたいと、少し夢の世界ともかぶっていそうな感じもします。

『子どもの声が聞こえない。』
『子どもが田んぼで遊んでる。』

父が『病院だから子供はいないんだよ。』と説明したりしていましたが、昔を思い出しているんでしょうか。

今日は子供にこだわっていました。

私は夕食を終えた7時過ぎに面会に来たのですが、父は昼にも来ているので2回目目になります。

やはり、父が来るとしっかりと手を握ってなかなか離そうとしません。

『歯磨きはした?』と聞くと『まだ』としっかりとした答えが返ってきます。

今日はいつも母が使っていた電動歯ブラシを使ってみることにしました。

はじめは私が母の歯に電動歯ブラシをあてて磨いていたのですが、身体が覚えていたのか、いつの間にか母が右手で電動歯ブラシを使い始めました。

おそらく自分の磨きたい場所があるのでしょう。

たまに口からブラシ部が飛び出してしまうことはありますが、右に左に器用に角度を変えてひと通りの歯磨きができたと思います。

子どもの歯磨きチェックをする親のように、細かい部分は私が磨き直しましたが、電動歯ブラシなら母ひとりでも以前のように磨けるようになる日は近いんじゃないかと思いました。

母の歯を磨きながら、子供のころ同じように磨いてもらっていたことを思い出しました。

歯がきれいになったところで帰ろうとしたところ、母が『ウンチがしたい。』と言い出したため看護師に話すと、差し込み便器なるものを用意してくれることになりました。

私と父は外で待つよう言われ、ほどなく大小ともにたくさん処理してもらったようで、本人もすっきりした顔をしています。

やはり、ベッドや服を排泄で汚したくないという思いが強いのか、おむつをしていても便意を我慢してしまうのでしょう。

現在のベッドのすぐ隣がトイレなので、なんとかトイレで用を足させてあげたいものです。

我が家の介護計画

現在、私と父のふたりが同じ時間に母の面会に行っているのですが、夜の歯磨きの件もあり、昼間は父が様子を見に行き、夜は私が母の歯磨きに行く分担制にすることにしました。

私は家で仕事をしているので、日中できるだけ仕事をやっつけて、夜に歯磨きに行く時間割のほうが動きやすいということもあります。

ただ、父は車の運転をしないのでバスで母の面会に通うことになり、疲れないかが心配ではあります。

介護は面倒を見る家族が大変なのは祖母の時に知っているので、いつかは自分もと覚悟はしていたのですが、あまりに突然すぎて今は心の準備が間に合っていません。

祖母のときにも献身的に動いていた父を、今度は私が支えてあげないといけないのですが、具体的に何をすればいいのかがわからないのが切ないです。

母が倒れてから文句も言わず、家事一切をしてくれている連れには本当に感謝しています。

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