2021年の夏。
こぎ母が約2年通った、すくすく館(半日タイプのリハビリ専門のデイサービス)を卒業しました。
一時期はよく、デイサービスから帰ったこぎ母が
「デイサービスに行くのはもう終わり。卒業でしょ」
みたいなことを言っていたのですが、本当の卒業となったその日はツレが声を掛けました。
「今日が最後だぞ。卒業だ」
「……?」
ふーん?みたいな反応でした。
前提として、こぎ母の思考ではデイサービスと病院などその他施設もろもろの区別はあまりはっきりと認識されていない様子です。
もちろん自宅と実家の区別もぼんやり。(時に混ざり、時に分離し)
喜ぶと思っていたわけではありませんでしたが、、薄い反応に少し拍子抜けでした。
もう、あっちだろうがこっちだろうがわからないのだろうなと。
すくすく館の自転車こぎがこぎ母は好きだと思っていたのでしたが(こぎ母だけに!)、卒業してから何日過ぎようと何もなく淡々と。
「行きたい!自転車こぎたい!」みたいに興奮することもまったくなく、実に淡々としたお別れでした。
卒業の経緯はこうです。
すくすく館は半日タイプのデイサービスで、こぎ母の利用は週に1回、午前の時間帯でした。
こぎ母は前向きに運動していたご様子。
おかげさまで、雨の日続きでお散歩ができなくても、気温が高すぎてお散歩ができなくても、気温が低すぎてお散歩ができなくても、心のどこかで「すくすく館(デイ)があるから大丈夫」と、運動不足の心配はそれほどしていませんでした。
そんなある日、移転の連絡をもらいました。
送迎のタイミングでのお知らせではなく、事前にお電話をもらって聞きました。
すくすく館の場所はとても近所で、のろまならっこが歩いても10分くらいで着ける距離。
そこから駅の近くに移るというので、自宅からは遠くなります。
住宅地から駅の近くに移転となれば、務めるスタッフの人たちの通勤がずいぶん便利になるんじゃないかと、ツレは想像したようでした。
移転後は「要支援」の人と「要介護」の人を分けて、より適切なケア・サービスを提供していきます――そんな案内だったように思います。
こぎ母の送迎はもちろん車を出してもらっていましたので、遠くなっても今まで通りに利用できるのなら特になんてことないだろうなと。
移転に伴って利用者が何かしないといけないとか、煩わしいようなこともなにもありませんでした。
(署名のやり直しくらいはあったかな……??)
家族は移転を特に気にしていなかったというわけです。
ただ、いつものように移転の日を迎えて送迎してもらうだけ。
家からの距離が遠くなったので、送迎の送りの朝は10~20分早くなり、迎えの昼は20~30分遅くなりました。
帰宅時に迎えに出てこぎ母の手を引いたツレが、真夏だというのにこぎ母の手がキンキンに冷えていて驚いたそうです。
車の冷房が強かったこと、乗っている時間が長くなったこと、ドライバーさんに遠慮して寒いと言えなかったこと。
いろいろ重なってしまったようでした。
すくすく館には本人が帰りの車で寒い思いをしていたらしいこと、上着を着て車に乗ること、行きは羽織って乗るので着いたら脱がせてもらい、帰りは乗る前に羽織らせてもらえるようにお願いをし、またその翌週。
お昼の帰宅時間が遅くなったことで、昼食含めそれ以降、一日の動きがすべて後ろにずれ込むことになりました。
昼の遅れが結局夜の遅れに。
1日の終わり、床に就く時間までも遅くなり、これまでに出来上がっていた生活のリズムが、すくすく館に行くことで崩れてしまうことに気が付いたのでした。
移転後、帰宅後の自宅での変化が「たまたま今日がこんな感じだろうな」とぼんやり受けて止めていた数回。
3回4回と回数が重なるうちに、「たまたま」ではなかったことに気が付いた感じでした。
こぎ母は淡々と毎日を過ごしてくださっているようでしたが、その他3人が「あれ?」と思うようになっていました。