夕食時、こぎ母が、
「もうすっかり、元に戻ったから、お肉が食べたくない?」
ツレにたずねます。
「そうだね。お肉が食べたいの?」
「ええっとねえ。ステーキ!」
こぎ母が脳出血を発症して、頭の中がいろいろと混乱しているような状態でありながらも、ご自分で「元に戻った!」と強く感じる瞬間もあるようで、「お祝いにステーキが食べたい!」ということでした。
自分が寝たきりで歩けなかった頃の記憶はないようですが、元々筆不精だったこぎ母が、「自分は元気になりました。元に戻りました」という思いを込めて手紙を書き、それをこぎ父がコピーして封筒に詰め、親しい方たちへと、お二人で郵便ポストまで歩いて入れてきた日でした。
以前にも、こぎ母からは、
「野菜は足りているんだけど、動物性のたんぱく質が足りていないねえ」
と、らっこが作った食卓を眺めて言われたこともあり、お肉が食べたい思いをついに打ち明けた、といったところでしょうか。
そして、ステーキとのリクエスト。
ツレやこぎ父が何と言うのだろうかと構えていました。
らっこは、焼いてあるステーキを買ってもらえたらいいな、らっこがやかなくてすむなら何でも、とか考えていました。
しばらく黙っていたこぎ父が、
「ううん。
よし!それじゃあ、明日K駅に行くからとんかつを買ってこよう!
ね、またとんかつ買ってくるから、そうしよう!」
ということになりました。
?????
こぎ父の中で何がどうでステーキがとんかつだったのかわかりません。
こぎ母の表情も、どんなだったでしょうか。
ツレは淡々と「いいんじゃない?」
動物性食品を食べなくてもいいなら食べたくないらっこは、らっこが調理をしなくてもよさそうな面ではほっとしましたが、ステーキがとんかつでいいのかしらん?という疑問はありました。
まあ、あえて、「違うのでは?」と突っ込みを入れることもなく、こぎ父が食べたかったのかしらん?とか考えていました。
翌日、お言葉通りにとんかつ屋さんで「ヒレカツ」と「豚なんとか」(なんだよ)を買って来てくださったこぎ父。
らっこがレンジで温め直して、「おいしいね」とみんなでいただきました。
こぎ父は、
「おいしいね。お母さんのおかげでおいしいとんかつが食べられてよかったね。ありがとう」
などと嬉しそうにおっしゃっています。
こぎ母も「おいしい」と言って1枚分くらい食べていました。
らっこには、揚げ物の油が胃に負担で……
食事が終わり、もう眠いからと言って先に歯磨きをしに行ったこぎ母について、ツレも歯磨きに立ちました。
らっこは先に部屋に戻っていました。
しばらくして、歯磨きから帰ってきたツレが、苦笑いを浮かべながらひと言、
「本当は、焼いたお肉が食べたかったんだって」
と。
こぎ母は、やっぱりステーキが食べたかったようです。
とんかつを買ってくると張り切って買って来てくださったこぎ父には直接言えず、ツレ(息子)には本音を漏らせたようです。
やっぱり、揚げたお肉じゃなかったんですね。
焼いたお肉が、食べたかったんですね。
ご飯を作る人がこんなんですみません。
家にいて話ができる相手が一人だけではないという状況は、こういう時にいいようです。
話をする相手を、しっかり選んでいるご様子。
焼いたお肉か……
80歳を過ぎても、歯も胃も丈夫で何よりです。
焼いたお肉か……
立派なとんかつ、ごちそうさまでした。