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以前の母に戻ってほしい|脳卒中で倒れた母の手術前日までの介護日記

祈る人

前日まですこぶる元気だった母が脳卒中で入院してから13日目。

担当医師の話では、脳内出血による脳の腫れやむくみのピークはすでに過ぎており、本来ならそろそろ回復の兆しが見えてきてもいいころです。

しかし、昨日あたりから会話がかみ合わないことも多くなり、呼びかけにも反応が鈍くなり、左半身の麻痺も一向に改善する気配がありません。

そのため担当医師と脳外科医の判断から、脳を圧迫している液体を顕微鏡手術で抜き取ることになりました。

脳卒中で倒れた母の入院9日目から13日目にあたる手術前日までの様子を綴っています。

入院9日目、自分がどこにいるかを忘れる

母の容体が落ち着いてからとお見舞いにきてもらうのを先延ばしにしていた、母の妹と甥、母の弟がお見舞いに来てくれました。

私は夜の歯磨き当番だったので母の兄弟たちに会っていないのですが、母は甥がお見舞いに訪れたことは覚えていました。

ただ、昨日までは自分が病院にいることを理解していたはずなのですが、今日は『ここはどこ?』と言っています。

私の祖母も同じ病院で息を引き取ったので、そんな話もちゃんと思い出して話をしていたのですが、今日はやや話がかみ合いません。

看護師さんいわく『日によって調子にばらつきがある』ようです。

歯磨きも昨日は自分で電動歯ブラシを握ってわりあい器用に磨いていたのですが、今日は手元がおぼつかない様子で私が代わりに磨きました。

『私は手が汚いから子供と握手ができない。』

これが今日の母の口癖だったのですが、もしかすると自分の排泄物を触ってしまっていることがわかっているからかもしれません。

おむつが気になるのか、自分で脱ごうとしてしまうのです。

母が自らおむつを脱いでしまったときなどは、看護師が母の手をお湯で洗浄してくれているのを見たことがあります。

しかし、爪に入り込んでしまった汚れなどは取り切れず、私もウエットティッシュで拭いたりするのですが、なかなか完全に取り除くのは難しいです。

私たち家族と兄夫婦に『食べ物には気をつけるように。』と、しきりに食事のことを気にしていました。

現在母の代わりに炊事、洗濯など家事一切を引き受けてくれている私の連れのことは、特に気遣ってくれていて、人のことを気遣っている場合ではないと思うのですが、家のことはやはり心配なのでしょう。

私の連れは背が低いので、『高いものを取るときは足場に気をつけるように』と伝えておくように言われました。

また、退院後の母のことを考えて家の中を広くするために、本が趣味である父が大量のコレクションの整理を進めていることを話すと、『本は急いで売らないように』とも言っていました。

父が大の本好きであることも、しっかり覚えているようです。

母のいない今日の我が家の夕食では、父が母をすぐに病院に連れて行かなかったことを後悔しているという話になり、後悔しているのは父だけではないことも話し、みんなで先のことを考えようということになりました。

あのときのことを考える
脳卒中で倒れた母に対する家族の後悔|あのときわかっていれば・・・

『あのとき、すぐに病院へ連れて行っていれば違う結果になったかもしれない・・・。』 夕食の席で、父が私と連れにつぶやいた言葉です。 脳卒中で緊急入院してから9日目経っても、母の左手、左足はまだ麻痺状態が ...

入院10日目、忘れていた自分の誕生日を思い出す

いつも通り、父は午後一番で母の様子を見に行き、帰りに今年初物になる『ふきのとう』を買ってきてくれました。

家の前の空き地に『ふきのとう』が自生している場所があり、私が摘んでくると母がよく天ぷらにしてくれていたのを思い出します。

天ぷらの仕方がわからず、クックパッドでレシピを探し、簡単にできるお浸しにして『ふきのとう』を食べました。

母の病院での夕食が終わる19時ごろに合わせて私は歯磨きをしに行っているのですが、今日はちょうど食事が終わり看護師が血圧測定しているところでした。

『私の誕生日はいつだったかしら。』と言っていた昨日までと違い、今日は看護師に誕生日を聞かれるとスムーズに『○月○日です。』と返していました。

『おいくつですか?』という問いには1歳上で答えていたものの、会話も今日は調子がよさそうです。

この日の看護師さんはとてもきれいに歯磨きをしてくれていたようですが、リハビリを兼ねて母に電動歯ブラシを持たせてみました。

入院するまで毎日使っていたものなのですが、スイッチの場所などの記憶はまだ飛んでしまったままのようです。

母の同級生がお見舞いに来たいと言っている話をすると、自分の置かれている状況がきちんとわかっているのか、今は友人たちにお見舞いには来てほしくないと言っていました。

明日、私の弟が孫を連れて面会にやってくることを話すと、『ほんと?』と言って孫の名前もすぐに口から出てきました。

相変わらず左半身はマヒ状態が続いていますが、右の足をさすってやると気持ちがいいらしく、左足とあわせてしばらくマッサージしてきました。

いつもは私が帰ろうとしても話を続けたりと、面会時間が終わることをあまり理解できていなかったのですが、『ちゃんと上着を着てから帰りなさい。』と、今日は私が帰ることをきちんと認識できていました。

ただ、父も私と一緒に来ていると思っていたのか『お父さんはどこ?』と、一部会話がかみ合わない部分もありました。

父が家にいることを話すと『あぁ、あそこにいるの。』と安心した様子でしたが、きちんと自分の家をイメージできているのかは微妙な感じでした。

入院11日目、再び自分の誕生日を忘れる

父が母の面会に病院へ出かけた後、私と連れのふたりは母が管理していたキッチン周りの掃除をしました。

やはり、家族がひとりでも体調を崩すと、家族全員の生活のリズムが一変してしまうんですね。

天気がいいこともあり、なかなか時間が取れずに洗えなかった、私と連れのタオルケットをようやく洗うことができました。

昨日のうちに私の姉から、今日の夕食を作って持って行くから用意しなくていいと連絡を受けていたため、私の連れの負担が今日は少し減りそうです。

今日は私の弟夫婦と姪、私の姉が母の面会に行ってくれて、帰りに父が姉が用意してくれた夕食を持ち帰ってきてくれました。

私の連れはさっぱりしたおかずを作るのが得意なのですが、久しぶりに姉が作ってくれたこってりしたおかずで、私と父、連れの3人で舌鼓を打ちました。

家での夕食の後、母の歯磨きに行くと、ちょうど母が食事中でした。

食事はひとりでなんとかできるようですが、視界に入らなかったのか、おかずが一品まるまる手を付けずに残っていました。

私の顔はちゃんと認識できるようなのですが、見えづらいのか、スプーンを近づけた時も反応はいまひとつです。

母はおなか一杯と言っていましたが、私がスプーンを使って食べさせると、まるまる残っていた一品のおかずをすべて平らげました。

昨日覚えていた誕生日を聞いてみると、『わからない。』と答え、今日は調子がよくないのか色々話がかみ合いません。

今日はのどが渇いていたのか、『このお茶おいしい!どこの?』と言いながら、いつも病院で食事の時に出されるお茶をがぶ飲みしていました。

勘を取り戻したのか電動歯ブラシの使い方が、今日は昨日に比べて格段にうまくなっています。

歯磨きなど、少しずつでも身の回りのことを母がひとりでできるようになってもらいたいです。

せめて、おむつではなく、トイレで用を足せるようにしてあげたい・・・。

見ているこちらが切なくなります。

入院12日目、話がかみ合わない

風呂の残り湯を給水ポンプを使わずに洗濯機へ手で汲んでいた母が、いかに大変な力仕事を毎日していたのか、母が入院してから私たち家族は実感しています。

また母が洗濯ができるようになるかはわかりませんが、せめて母が帰ってきたら衣類を気持ちよく洗えるようにと、昨夜のうちに洗濯槽のカビ取りをタイマー予約しておきました。

『何もこんな時に・・・』というタイミングの悪さで、父の歯の詰め物が取れてしまい、明後日に歯科へ行くことになりました。

今日のお昼は母がよくゆがいてくれた手折りそばを、久しぶりに家族3人で食べました。

いつも食べきれないほどのそばをゆでる母は大家族で育ったため、食事は常に多めに作る習慣がありました。

母が入院してからまだ2週間経っていないのですが、我が家の食卓にはぽっかりと穴が開いたような感じです。

父を病院へ送り出した後、私と連れは仕事部屋で一緒に作業をするのですが、連れも疲れがたまっているのかPCの前でしばしのお昼寝タイムです。

洗濯、炊事、掃除と文句も言わずに家事をこなしてくれて、連れには感謝しています。

もしも、私と父だけだったら食事も簡単に済ませるでしょうし、洗濯ものもため込んでいたに違いありません。

今日も夕方4時ごろから、連れは夕食の準備に取り掛かってくれています。

母が救急車で運ばれるとき心配して駆けつけれてくれた2軒となりの方が、母を心配して電話をくれました。

集中治療室に入ったこと以外お伝えしてなかったので、左半身が麻痺していることについてはとても心配してくれています。

リハビリの後MRIを撮ることになり帰宅が遅くなると、病院にいる父から夕方電話があり、父と交代する形で私が母の歯磨きをしに18時40分ごろ病院へ。

ちょうど看護師さんが母の歯磨きを終えたところでしたが、リハビリのため電動歯ブラシを握らせようとするも、母は乗り気でない感じでした。

ただ、しきりに前歯に引っかかった食べかすを気にして、何度も口に手を運んでいます。

母の前歯をよく見ると、上の前歯の間に何かが挟まっており、それが気になっていたようです。

ちゃんと違和感があるのはわかるんですね。少し安心しました。

糸ようじを使って口全体をクリーニングしてあげると、『すっきりする』と気持ちよさそうに言ってくれました。

私の手を握り腕相撲のような動きをしながら、女性陣と男性陣のどちらが勝っているかと聞いてくるのですが、何か競争の夢を見ているのでしょうか。

食事もして歯磨きも終わり、少し私と遊んだあと眠くなったのか、いびきをかいて眠りに落ちました。

1時間弱寝た後、突然自分でおむつを脱ごうともがき始めました。

臭いからするとおむつに排泄したようで、おむつをしているからそのままで大丈夫と話しても、なんとか脱ごうと私の手を振り払おうとします。

やはり、おむつをしているとはいえ衣類に排泄することには抵抗があるのでしょう。

面会時間が終わってしまったので、そのあとは看護師さんに任せて帰るしかなくなってしまったのですが、話してもうまく通じないもどかしさを感じずにはいられませんでした。

昨日までは『おむつをしている』ということが理解できていたように思うのですが、今日は母と会話らしい会話ができませんでした。

入院13日目、顕微鏡手術をすることに

母が入院している病院の泌尿器科を今日は父が受診する日で、そのあと面会時間外ではありましたが、母の様子を見に行ってきました。

ただ、朝から看護師の呼びかけにも反応がなく、父が行った際にもずっと眠ったままだったようです。

昨日も私が夕食後の歯磨きをしに行ったときには、小一時間ほどいびきをかいて寝ていましたので、起きていること自体が今の母には辛いのかもしれません。

昨日撮影したCT画像を担当医師が確認したところ、脳内出血は止まっているものの、脳内に液体がたまっているらしく、それが左半身の麻痺や行動を妨げているのではないかということでした。

手術をする必要があるかや治療方法については、今後脳外科医と話し合って決めていくことになると、父は担当医師から話を聞いて午前中に病院から帰宅しました。

父は詰め物が取れた歯の治療の予約も明日に控えていて、自分の血圧の薬もかかりつけ医のところへ処方してもらいに行かねばならず、精神的、肉体的疲労が心配ではあります。

『時間のあるうちに血圧の薬をもらってくる。』と、午後はかかりつけ医のところへ行くというので、行きは私が車で送ることにしました。

明日か明後日に脳外科医と時間を調整して話し合いをする予定だったのですが、父がかかりつけ医のところから帰ってきてほどなく、母の担当医師から電話がありました。

母の担当医師いわく、脳外科医の意見としては、現状思うような回復が見られないことから、内科的な治療から外科的な治療に切り替える必要があるということでした。

つまり、手術を考えているということです。

しかも、できるだけ早い時期にしたほうが良いということで、明日か明後日の手術を考えているらしく、家族の同意を得るため病院に来てほしいということになりました。

急遽、父とふたりで母が入院している病院へ向かい、担当医師と脳外科医から説明を受け、明日の午後に顕微鏡手術で脳内にたまった水を抜く処置をしてもらうことになりました。

手術を執刀する脳外科医によると、リスクは少なくうまくいく自信があるというので、父もさほど心配はしていないように見えます。

しかし、それでも10人に1人ぐらいの確率で思うような結果にならないケースがあるということです。

担当医師と脳外科医から説明を受けたあと、眠り続けている母の手を握り締める父の姿は、見ているこちらの胸が締め付けられます。

食事の時間はとうに終わっているのですが、『あとで食べるかもしれませんから。』と看護師さんが母の夕食を片付けずに置いておいてくれました。

母は呼びかけには応じるものの目は開かず、『ご飯食べる?』という問いかけには、『要らない。』と一応返事は返してくれます。

万が一のときは、母との最後の会話になる可能性もあるわけですから、もっと色々話をしたいものですが、とにかくものすごく母は眠そうです。

面会時間の終わる20分ほど前に、なんとかご飯を食べさせたいと思い、『ご飯食べる?』と聞いてみました。

すると『食べる。』と返事をしたため、父は看護師さんを呼びに行こうとしたのですが、自力での最後の食事になる可能性もあるわけですから、私が母に食べさせることにしました。

昼食も食べきっていたらしいので、食欲は旺盛のようです。

母の口元へひと口おかゆを運ぶと、しっかりと口を開け美味しそうに食べ始めました。

20分ほどで食事を終わらせて歯も磨いてあげたかったので、やや早いペースだったと思いますが、完食してくれました。

目を開けることなく、母にとっては睡魔と戦いながらの食事だったようで、歯磨き中もこれまでのようには大きく口を開けてくれませんでした。

歯磨きはなんとか終わらせたのですが、面会時間が終わってしまい、痰をうまく吐き出すことができずに苦しそうな顔をしている母を、看護師さんにお任せして私と父は病院を後にしました。

明日は手術前に麻酔科医からの説明を受ける必要があり、午前10時には病院へ行かねばなりません。

手術は午後1時~1時半ごろからの予定なのですが、前に行われる手術の進行具合で開始時間が前後するようです。

順調なら1時間程度、だいたい2時間程度の手術になるだろうという説明を受けました。

今回の手術で、せめて母がひとりで用を足せるように、視野狭窄や左半身の麻痺が改善されることを願っています。

普段は神様にお願いなどしないのですが、もしも神様がいるのであれば、母の体を元に戻してほしい・・・。

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