前日まで元気だった母が脳卒中で病院へ運ばれてから17日目。
入院14日目に行った緊急手術の効果が徐々に表れ始めています。
見えづらくなった左側への意識も向けられるようになり、『おなかが空いた。』とも言うようになりました。
冗談を言って笑えるようにもなり、顔の表情も以前の優しい母に戻ってきました。
あとは母が自分ひとりでトイレで用を足せるようにしてあげたいです。
母が脳卒中で入院してからの15~17日目の介護記録を綴っています。
入院15日目、手術の翌日
今日は何週間ぶりかの大雨。
15時前に私と父、連れの3人で病院へ母の面会に向かいました。
天気が悪いと面会に来る人も減るのか、いつもは満車で停めるのが難しいメインの駐車場にすんなり車を停めることができました。
昨日手術を終えた母は、すでに集中治療室から一般病棟へ移動していて、私たちが病室へ行くとちょうど布団の上でリハビリ治療を受けているところでした。
10日ぶりに会う私の連れのこともすぐにわかり、手術前よりもリハビリの様子も生き生きとしています。
ただ、術後の吸収熱なのか、今日は微熱があるようです。
手術を受ける前には物が見えているかも怪しい状態だったのですが、話しかけると声のするほうへしっかりと視線が移るようになりました。
一部まだかみ合わない会話はあるものの、自分が病院にいること、誕生日と年齢を覚えていて、ひとまず安心しても良い状態なのではないかと思います。
左耳や左頬を触られる感覚はわかるようなのですが、左手と左足の麻痺は続いているようです。
左目の視力がどの程度戻っているのかはよくわからないのですが、まったく見えていないということもなさそうです。
心配していた右目の視力も格段に良くなっており、手をかざすと指の本数、色の識別などができることを確認しました。
内視鏡手術をするために開けた頭のキズ跡が気になるのか、時折右の頭のうしろを手で触っています。
入院してから2週間以上経ち、洗髪もしていないでしょうから、頭もかゆくなる時期かもしれません。
母はもともとお風呂が大好きだったので、お風呂にも入れてあげたいですね。
昨日から水分を摂っていないためのどが渇いていたのか、お茶をお代わりして飲んでいました。
常に眠たそうにしていた症状もなくなり、手術がうまくいって本当に良かったです。
今日は尿管がつながっていましたが、あとは自力で用を足せるようにしてあげたいです。
入院16日目、麻痺していた母の左足に反応が表れる
疲れているのか、昨夜寝る前に考え事をしながら飲んだバーボンが抜けきれていないのか、今日は起きるのが遅くなりました。
私と連れ、父の3人でお昼を食べるころには昨日からの雨も上がっていて、父はいつも通り14時からの面会に合わせて母の入院している病院に出かけていきました。
私の姉から明日お見舞いに来てくれること、明日の夕食を用意して持ってきてくれるとの連絡があり、明日は連れの家事の負担が少し軽くなりそうです。
私が寝ている間に洗濯を終わらせてくれている連れには頭が上がりません。
いつもは17時前後に病院から帰宅する父が、今日はやや早く16時すぎに帰ってきました。
私は仕事部屋で作業をしていたのですが、急ぎ母の様子の報告が父から私にないところを見ると、母の容体は落ち着いているのだと推測できます。
父が帰宅してほどなく母の妹から電話があり、その会話を私も仕事部屋から聞くことができ、今日は麻痺していた左足に反応があったということがわかりました。
夕食のときに、父から母の様子を詳しく聞くことにしました。
父によると、今日の布団の上でのリハビリでは、母の麻痺している左足の爪のあたりを強く押すと、痛みを感じるような反応があって少し動いたということでした。
看護師さん曰く、爪のあたりには敏感な神経が通っているらしく、おそらく母の左足は完全にマヒしているわけではないだろうということでした。
排泄のほうも、きちんと意思表示ができるようになり、まだおむつは取れないのですが、気持ちよくたくさん出せるようになったようです。
今日は夕食の時間が遅くなったため、私の夜の歯磨き当番はお休みさせてもらうことにしました。
明日は義理の姉と私の弟も母に会いに来るというので、私もみんなに時間を合わせて母に会いに行こうと思います。
今日少し動いたという左足を、明日見るのが楽しみです。
足に続いて左手も動かせるようになってくれたらいいのですが・・・。
今日の母は会話もちゃんとかみ合っていたようで、1日でも早く以前のような明るい母に戻ってもらいたいです。
入院17日目、相手の顔のしわが見えるまでに視力が回復
今日は父と私の兄夫婦と弟も面会に訪れ、母が3日前に手術を終えてから、はじめて実の家族一同が病院に揃いました。
昨日は母の様子を見に来る時間が無く、私も母に2日ぶりに会うのですが、おとといよりもだいぶ目もよく見えるようになったのか、私の顔を見て『額のしわまで見える』と言っていました。
左目の視力はまだ回復していないように見えますが、これまでよく見える右の方ばかりに向いていた意識が左にも向けられるようになったように見えます。
母に何か飲みたいものはないかと聞くと、『りんごジュースが飲みたい。』というので自販機で買ってきました。
まだ病院食なので、本当は水がお茶程度しかダメらしいのですが、『口の中がさっぱりする。』と言っておいしそうにペットボトルの半分ほどを飲みました。
手術前に弟が孫を連れて母に会いに来たときは、孫も戸惑ってしまうぐらい母の状態が悪化していたので、今日の母の様子を見て弟も安心して帰っていきました。
面会の途中で『おしっこがしたい。』と母が言うので、父が看護師を呼びに行きました。
看護師は『おむつをしているからそのまま』ということを言っていたのですが、姉と兄が差し込み便器を使ってくれるよう看護師に話してみたところ、差し込み便器で対応してくれることになりました。
姉いわく、『こちらがリクエストしないとやってくれない。』ことが看護師によっては多々あるようです。
母の意識もはっきりしてきたので、なおさらおむつの中に用を足すというのは嫌だろうなと思います。
面会の合間に社会福祉士でもある兄が、父と母の今後の生活について、二人そろって老人施設へ入ることも視野に入れておくべきというようなことを父に話していました。
また、私と連れが父と母の面倒を見ること中心の生活にならないようにとのアドバイスももらいました。
そうはいってもこれまで親には迷惑のかけっぱなしで、こんな時ぐらいしか私が親の役に立つことはないんじゃないかと思っています。
帰宅してから私の連れとも3人で、今後の父と母の生活について話をしたのですが、父はこのまま家で過ごすことが一番の願いだと言っていました。
母の回復具合が今はまだはっきりわからないので、父と母がどのように過ごすのが一番いいのかは、まだ当分先の話になるのですが、社会福祉士という仕事をしている兄からすれば、今のうちに決めておくべきことなのかもしれません。
私は父と母が自宅での暮らしを望むなら、それでいいと思っています。
兄夫婦も父も、私と連れへの負担を気にかけていてくれるのですが、家事や買い物にしても今まで両親がしてくれていたことなので、今度は私の番だと思ってます。
今は仕事もなくなってしまった頼りない息子ですが、もっと頼っていいんですよ、お父さん。